大阪感情線物語(20)
前回までの 内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧くださいm(_ _)m
天王寺から大阪へは快速で向かった。弁天町には交通科学館があるせいか家族連れが多く乗り込んだ。ここは高架下に展示物があり、一部は高架の横に置かれていた。大阪駅に着くと中央の通路にある旅行案内のマシンで長崎や熊本の観光案内と列車のスケジュールをプリントした。
「おやぁ 夏休みの旅行計画かな」
今村が一人で現れた。彼は日曜日に梅田周辺を歩くのが習慣になっていると言っていた。
「電車の中で見るだけだよ」
「そろそろ 運転免許とか取っておかないの」
都市部に住んでいると車の必要は全く感じないが、やはり免許は持っておいたほうがいいのかなと思った。たとえペーパードライバーだとしても就職した先によっては必要になるのである。
「どこで取るのがええのかなぁ」
「堺の教習所はどうや。生協で申し込めば割引もあるし、スクールバスも大学の前を通っているやろ」
その教習所は南海電鉄の堺駅にも近かった。場合によっては新今宮から乗り換えてということも考えられた。
「車持っていたらデートするのにも有利なのかな。井原の運転はJ航空に乗るより怖いといわれているみたいやけど」
井原は同期で千里ニュータウンから来ていた。家にある昭和五十四年製のカローラに同乗した者が異口同音にそう言っていた。彼が鉄道写真の趣味を持っているのは有名で、撮影に行くには車でないと無理な場所があるからだそうである。
「ポートアイランドのコンテナ置き場の横に夜並んでいる車は小刻みに揺れているみたいやね」
今村がそう言うとМは丸めた紙で右わき腹に切り込む仕草をした。今村は「さすがやな」と応じた。
| 固定リンク
コメント