下り坂(139)
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平成二十二年の夏休みは八月の終わりに取った。哲也はS航空を使って北九州空港に降りた。両親を湯田温泉に連れて行って一泊し、萩を見て小倉に戻る。それからN中に顔を出してみるつもりだった。
初めての全国に出場した者には三人弟がいて、まず双子が県の新人戦で優勝したものの、夏の全国には行けなかった。二人揃って東F高に進んだが、ここはラグビー・サッカーと様々な競技に力を入れており、剣道でも狙うつもりだなと哲也は思った。
末っ子の実力は相手をした哲也も息を飲んだ。そして団体・個人ともN中は全国に進み、団体はうまくいかなかったが、個人では頂点に立った。持っていたんだなという思いとともに遠い彼方だった「全国制覇」が実現したことが嬉しかった。
S航空のA320は宇部空港の沖をかすめ、新門司の沖合いで最後の左旋回をして北からの着陸に入った。前方スクリーンがあれば「空母に着艦」するような感じだろうなと思いながら哲也は窓の外に目をやった。夏の日差しを跳ね返す海面がぐんぐん近づき、空港の敷地に入ったかと思うと接地の音とエンジン逆噴射の轟音が響いた。
到着口を出ると両親が待っていた。そのまま駐車場へ出て、ワインレッドのブルーバードシルフィに乗り込んだ。哲也は喜志のパーキングエリアから美東のサービスエリアまでの条件でハンドルを握ることにした。地方出張でレンタカーを利用することは多かったが、家の車で細かな車庫いれとかはしなかった。
空港から小倉東インターを経て最初のパーキングエリアが喜志である。関門橋を渡ると高速道路はカーブやアップダウンが激しくなった。美東サービスエリアを出ると小郡インターで、ここから湯田温泉までは十五分くらいである。
インターから片側二車線のバイパスが延び、維新公園というスポーツ施設がいろいろあるところを過ぎると温泉街に入った。ホテルニューたなか というところで父と母は二人部屋 哲也はシングルと予約した。
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