下り坂(105)
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例年と同じ車座では尾崎の弟がネイビーブルーにボタン七個の服で現役とOBの間にいた。会長が顧問に「うちに来るつもりですかね」と尋ねると「今は推薦の制度がありますから」と応えた。尾崎の姉はМ中で八段の先生の長男はそこで教頭になったそうである。乾杯の音頭は哲也が初めて任された。哲也は「二十一世紀に向けて乾杯」とした。ビールはもちろんA社のものだった。K社に入った者はずっと来ていなかった。
現役組はインハイ出場とか三段合格を今年の目標としていた。中三で二段を受けることが出来るようになって三段挑戦も高二から可能となった。哲也のイメージでは高校生で三段を持つのはすごいレベルだったが、稽古初めの案内に同封された部員リストでは二年生は全員が三段になっていた。一年生も初心者の一人を除くと全員が二段である。
大学四年生の進路はQ大学で航空工学を専攻する者が大学院に進む他は、F教育大が教員、W大の者はМ商事、市立大の者は市役所、N大の者がF銀行という具合に決まっていた。社会人になっている者で実業団にいるのがQ電力の他にコンピュータメーカーのF社である。哲也は職場も自宅もそこの製品を使っていた。
「昭和六十年卒の岡部です。現在A空輸の広報部に所属しております。去年の目標は昇段が未達でしたので、今年こそ突破すること。試合のほうは九月の実業団と年末に運輸大臣杯というのに出ましたが、チームも仕事との兼ね合いで難しいところでした。現役の皆さんは道場もこうして新しくなりましたし、夏に向けて悔いのないようにがんばってください」
年を取ると話が長くなる傾向になるので手短に切り上げた。実業団は業務の関係でメンバーが四人という状態になり、哲也が大将を務めて副将を空けた。初戦がN電気で向こうも四人となったため、互いに副将抜きの勝負とした。三人が全部引き分けとなり、哲也のところにすべてが掛かった。相手は六段を持っていたが、哲也は時間ギリギリで小手を取って二回戦に進んだ。その次はS電力で先鋒と次鋒が負けて敗北が決まった。哲也は面フェイント胴で一本を取って意地を見せた。
運輸大臣杯でも哲也は大将を務めた。初戦はK鉄道で三引き分け一勝で哲也に回った。哲也も引き分けに持ち込んで二回戦に進んだが、次はN通運という強豪だった。四敗して哲也に回り、引き胴で一本取ったが、面を取りに出たところを胴に返されて引き分けた。相手は哲也と同じ年で五段だった。
終わるとすぐに93番のバスで実家に戻った。見合いをどうするのかという話はもう出なかった。Q電力に勤める妹がK大学経済学部を出た年下を捕まえて六月に式を挙げるということになった。新婚旅行はA空輸のツアーでフランスという方針である。
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