« 東大までが推薦入試ですかぁ・・・ など | トップページ | 防府の観光 天満宮周辺 »

2013年3月17日 (日)

杉山寅之助・伝(4)

前回までの 内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧くださいm(_ _)m

 山陽鉄道が馬関まで全通したのち、寅之助は萩に帰った。明倫館から萩中学校となった最初の母校に数学教師として勤める事にしたのである。次の時代を担う者を育てる。それが鉄道網を全国に張り巡らせる仕事につながると思った。

 授業が終わって寅之助は校舎と校庭の間にある四本松の根元で生徒の一人の質問を受けていた。校舎の部分と校庭の部分はそれぞれ家老の邸宅となっていて校庭の部分が城に近かった。撃剣部の竹刀の音は幼い日の思い出だった。しかし、ベースボールが指月山に向けて描く打球の弧も美しく、これからはベースボールの時代になるのだろうと寅之助は感じた。

 質問をしていた生徒が空を飛ぶ乗り物の可能性を聞いてきた。寅之助はアメリカで空を飛ぶ機械の実験に成功した話を同僚から聞き、遠い将来には汽車のように全国を駆け巡るのかもしれないと答えた。そういう機械も数学が基礎になっているのは間違いなかった。

 萩に鉄道が到達したのは大正十四年だった。寅之助が予想したとおり、萩と山口を直線で結ぶコースは難しく、美祢・長門と経由するルートである。その翌年に寅之助は人生を終えた。本当の父が松陰であったことを知らなかったのはある意味幸福だったのかもしれない。

 

 というわけで 四回で終わりにしましたヾ(´ε`*)ゝ 「下り坂」を再開いたします

|

« 東大までが推薦入試ですかぁ・・・ など | トップページ | 防府の観光 天満宮周辺 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 杉山寅之助・伝(4):

« 東大までが推薦入試ですかぁ・・・ など | トップページ | 防府の観光 天満宮周辺 »