下り坂(107)
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自分の番が来るのが長いので、哲也は観覧席に上がった。福岡で剣道再開のきっかけとなった人も大田区の仲間の応援に来て哲也にも声をかけた。六段を挑戦しているところで、半月後には日本武道館での審査が控えていた。
「М化学の大将は大学の後輩でね。彼も今度受けるんだよ」
実業団では二人足りない状態でМ化学と戦った。一引き分け一敗でチームの負けは決まっていたが、哲也は小手から胴に切り込んで一本勝ちした。
「ということは五段だったんですね」
「うん、岡部君がまだ三段と言ったらビックリしてた。じゃ、幸運を祈る」
十一時過ぎに哲也はカロリーメイトとポカリスエットでエネルギーを補給した。他の受審者も胃袋にたくさん詰め込むようなことはしていなかった。審査が始まったのが午前十時で、一組の立会いが約一分、小休止もあるので、順番が来るのは正午過ぎになるのが確実だった。
エネルギー補給が済むとアリーナに下りた。再度体をほぐし、面紐のねじれなどに気をつけて順番を待つ列に並んだ。「370」が審査を終えて戻り、哲也は深呼吸で高ぶる気持ちを落ち着けた。羽田から福岡に初めてトライスターで飛んだときはこんな感じだったなと思った。
「376」は哲也が一度戦ったことのある相手である。哲也は面返し胴を決めたが、お互い駄目だった。合い面、小手が当たって、相手の面返し胴は失敗、それで面返し胴をやり返したら「やめ」の合図である。「378」は行けそうだなと哲也は思った。「379」は初めての相手だが、勢いが感じられなかった。
哲也の番が来た。最初の声を張り上げ過ぎないようにして、グッと間を詰め、相手の起こりを感じて面に飛んだ。面を捉えた感触のあと、振り向いて小手に来たのを小手・面で返した。それから相手の強引な面を捌き、また面に来たので胴を抜くとそこで「やめ」になった。「376」にも面から入った。相手の左面をこすった感触があったが、哲也のヘソの上を切られた。哲也は振り向くと相手がすぐ目の前だったので、引き面で間を開けた。それから一足一刀に戻して面抜き胴を取り返した。最後は相手が胴を狙ってくるのを小手で押さえた。
「うぅん 今度も駄目かも」
観覧席に戻った哲也はそう言って面・小手・胴を袋に納めた。
「二人目の最初を審査員がどう見たかですよねぇ。でも岡部さんが二人にやった胴は完全に真っ二つ」と四段を一緒に受けに来ている一人が言った。
「引き面やったけど、あれで傷口が開いて内臓がドバァと出てしまったような感じになった」
各コートでの実技の審査は次々に終わった。場内アナウンスが午後一時半に発表しますと告げた。
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