下り坂(96)
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「はじめ」と哲也は号令をかけた。IとMが立ち上がって少しずつ間を詰めた。この二人が練習試合をしたのは二回見たが、いずれもIが二本取っていた。Mが無言で面を狙っていった。Iが受け止めたと思った次の瞬間、Mは右胴に打ち込んで間を空けた。鋭い音がこだまして哲也は思わず旗を上げた。大学生も反応し、O先生も遅れて旗を上げた。哲也は「胴あり」と宣言した。まさかこんなことが起きるとは・・・と見ていた全員が思ったようである。
二本目はIが反撃に出たが、Mは左右に展開してしのいだ。知らない間に試合運びがうまくなったなと哲也は思いながらIがどんな技で取り返すかと見守った。一足一刀の間合いからMが小手を狙う素振りを見せた。Iが面を抜こうとした瞬間、Mは右斜め前に踏み込んで胴に切り込んだ。また鋭い音が響き渡り、今度は三人とも一斉に旗を上げた。
「M君うまくなったなぁ。だけど、もっと声が大事だぞ。無言で打ってたら、せっかくの打ちも認めてもらえない」
一番上の先生がコメントした。そしてIのほうには審査では自分から仕掛けないといけないと注意を与えた。Iが二本取られるのを見たのは哲也の記憶では初めてである。
「それで、区民大会のときは、小学生の審判は三段からでもやっていただくということになります。中学生は四段以上で、一般は五段」
区民大会は五月末の日曜日に行われていた。哲也も一般の部に出ていたが、三十歳以上の部ということになった。二十代の部で二回出場したが、最初は三回戦で敗れ、次はベスト八である。個人のみで団体はなかった。
そのあと一般に中学生以上で試合稽古となった。最初に高校生、それから会社員、三人目がMである。前と二人と同じくまず面から入った。右手首に軽い衝撃が走った。それから面返し胴を浴びせ、剣先が少し交差したところから本気で面を取りに出たら見事な抜き胴を決められた。Iからは大阪に行く直前にそういう胴を取られた。
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