下り坂(104)
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哲也のところに一番最初に来たのが尾崎さんで、後ろには「N中 尾崎」が並んだ。本来なら八段の先生がいるはずの場所で稽古するのは僭越な気もしたが、防具を着けているOBでは最年長だからと割り切った。蹲踞から立ち上がるといきなり小手を狙われたが、哲也は小手・面で返した。それから面に来たのを胴に返し、あとは相手に打ち込みをさせる感じで二分くらい経過した。
「ラスト 一本勝負ね」
哲也はそういうと構えを強くした。左右に展開して面に来たのを受け止め、引き胴を浴びたので有効と認めた。蹲踞のあと尾崎さんは「お願いします」と稽古の評価を求めにきた。
「最後の一本みたいに攻撃が失敗してもすぐ次のを出したのがよかったです。そうそう。後ろにいるのはもしかして弟さん」
「はい。中二です。去年団体で全国に出てます」
交代すると哲也は最初の所作から試合を意識して臨んだ。高校に出稽古に来ても全く物怖じしていないなと哲也は思った。剣先を相手の中心線が外さないようにして出鼻を捕らえようとしていたら反時計回りに攻め込んできた。面を狙ってきたのを哲也は得意の抜き胴で捌いたが、尾崎の勢いがよくて食い込まれた感じになった。振り向いたとたんに次の面攻撃があり、受け止めた次の瞬間、左わき腹に一撃を受けた。それは哲也にとって初めてである。
やはり二分程度で哲也は「ラスト一本勝負」と告げた。技量は同学年のМよりずっと上、自分の面技がどうなるか試そうと哲也は間合いと呼吸を図った。竹刀を抑えるようにして一気に面に飛んだ瞬間、哲也の右胴に鋭い一撃があって尾崎は後ろの壁近くまで突き抜けていた。
「ええっと さっきお姉さんから聞いたけど、全国に出たんだよね。今年も行けるように頑張ってください」
哲也は交代の前にそのようにコメントした。このクラスの相手でも簡単に打たれたりしていては四段の壁は厚いなと心の中で思った。その後は一年生はほぼ全員と稽古できたが、尾崎のほうがはるかに強いと感じた。
「N中の尾崎君って高校生よりも強い感じだったですね」
稽古が終わって着替えるときにQ電力のゼッケンを着けた者が哲也に話しかけた。彼は山田と同期である。山田は今年も来なかった。
「N中も共学になって兄と妹というパターンが出るンだろなぁ。何か下のほうが強いというイメージがあるけど」
「連盟の稽古にN中の兄と妹で一組来てましたよ。兄の後に妹に さぁ敵討ちのつもりで と言ったら 胴をバッサリやられて」
哲也は「そのうち男女で全国というのもあるかな」と応じた。なかなかN中では稽古していないが、今年こそ行ってみようと思った。問題は防具を持っての移動である。三十歳を過ぎて二キロ近い道を歩くのはつらいものがあった。
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