下り坂(90)
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ホームに足を踏み出すと「小倉、小倉です」という案内放送が耳に入った。新幹線で降り立つときはいつもこうだった。見合いのために頻繁に戻っていたせいか、哲也には耳慣れたものだが、中田は「帰ってきたなあ」と呟いた。
「テツは四段通ったんか」
年賀状で哲也は今年から四段チャレンジです、と書いていた。その結果はまだ書いていなかった。哲也は「結構厳しくてね」と返した。
「結婚するのも壁乗り越える一つだろうね」
見合いのことは一言も言っていないのに見透かされたような心地だった。エスカレーターで一階まで降りて在来線の乗換え口を通った。中田たちは中田の実家がある曽根に向かうために日豊線のホームに上がって行った。
小倉駅の建て替え工事は南口の部分が進んでいた。八階までの部分は二つに分かれた状態で鉄骨が組み上げられ、真ん中にモノレールが突っ込む形である。モノレールの延伸工事はまだ駅前の通りの真ん中に支柱が建てられただけだった。桁を載せても駅前通りが圧迫される感じにはならないなと哲也は思った。
家に戻るとまた別の人から持ち込まれた縁談という話が出てきた。一月二日に会うという話で哲也は当惑した。稽古初めがいわば初詣のようなもので、本当の初詣は住吉大社かなと思っていた。下関の人でY銀行勤務というのは、一番最初の見合いと似たようなパターンになりそうな気がした。小倉駅前で待ち合わせるとしてどこに行くかが問題だが、過去は三回ともS百貨店の回転レストランだった。
「いっそのこと、関門海峡を渡って下関の街を案内してもらうのはどうかしら」
母はそう言って台所で夕食の準備を始めた。年が明けると父が定年になるので、できるだけ早くという思いもあるようだった。Q電力に入った妹のほうが先になるかもしれないというような気もした。誰が言ったか知らないが、年上に捕まる男は出世するという説があった。大阪支店にも女性社員は多いが、哲也は住吉武道館にいる小中学生の女の子にしか興味がなかった。それは口が裂けても言えないことである。
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