下り坂(114)
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県庁での用事は九時半からだった。哲也は九時に県庁に入り、和式のトイレで用を足した。そうしないと出ないというのが悩みの種で、東京の出向先がオール洋式になったのは困ったことだった。本社は霞ヶ関から新橋駅東の再開発エリアに移転することが決まったが、そこは間違いなく「和式が撲滅」となるはずである。
博多に向かう「かもめ」は正午前の出発だった。哲也は駅弁を買って後ろから二両目の指定席に乗り込んだ。白い車体に窓ガラスは黒、シートは革張りの黒である。進行方向右側の席に座った哲也は早速弁当を広げた。有明海の海岸沿いは絶景だが、スピードは抑え気味で単線のためか行き違い停車まであった。
県庁で「長崎新幹線」を求める声は聞いたが、東京や大阪なら飛行機でしょうと哲也は心の中で呟いた。九州内の移動も高速道路が便利で、問題は長崎行きと佐世保行きをどのようにするかだった。ずっと昔は両方を一緒につないで肥前山口というところで分離・結合していたが、佐世保とハウステンボス行き、長崎行きというように分けていた。
肥前山口からはスピードも上がって博多には二時間弱で着いた。それから一駅の吉塚で降りると県庁まで歩いて五分ほどだった。午後四時には用が済んで地下鉄で福岡空港に移動した。哲也は駐機場に面したレストランに入った。予約を入れたのは最終の一つ前、午後七時四十分の出発である。
哲也はA空輸の747の二階席の左窓側に乗るとイヤホーンのチャンネルをポップスに合わせた。離陸して街の明かりが眼下に広がったとき、「君をのせて」の歌詞が耳に飛び込んだ。「あの地平線 輝くのはどこかに君を隠しているから たくさんの灯が懐かしいのは あのどれか一つに君がいるから さあ出かけよう 一切れのパン ナイフ ランプ鞄に 詰め込んで 父さんが残した熱い思い 母さんがくれた あの眼差し 地球は回る 君を乗せて 輝く瞳 きらめく灯火 地球は回る 君を乗せて いつかきっと出会う 僕らを乗せて」
何故か涙がポロポロと出てきた。窓の下を点々と流れる明かりが遠ざかり、哲也は窓ガラスに顔を押し付けて下を見ていた。二階の客室は窓側だけが埋まっていて反対の窓のビジネス客はコンビニで買った弁当を黙々と食べていた。おしぼりのサービスはとっくに無くなり、飲み物だけが配られた。
羽田に着くとK急行に乗って品川に出て山手線に乗り換えた。出向先も通勤ルートとしては大きな変わりは無く、原宿で千代田線、代々木上原で小田急と乗り継いで豪徳寺に着いた。翌朝のためにコンビニで食パンに牛乳とポテトサラダ、缶ビールとカッシュナッツを買った。
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