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2013年2月27日 (水)

下り坂(81)

前回までの 内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧くださいm(_ _)m

 職場からの直行だったので、もちろん木刀は持っていなかった。小太刀は相手から借りることにして普通の木刀は先生のを貸してもらった。哲也たちは体育館の隅で剣道形を始めた。小太刀は仕太刀のほうが最後の三本でやるものだった。最初に大学生のほうが仕太刀と小太刀をやった。

 七本終わって相手が小太刀に切り替えた。右ひざをついて太刀を小太刀の外側に置き、右手に持った小太刀を左手に持ち替えるという所作を経て哲也は上段に構えた。打ち下ろされた太刀を小太刀の鎬でかわして面を打つのは刃で受けたような感じになった。鎬ならば軽い音で済むはずである。

 その次は下段に構えた哲也が剣先を上げるのを小太刀が押さえ込むようにして、哲也が右足を引いて脇に構え、そこから面を打つのを鎬でかわして面、さらに右腕をつかんでのど元に刃をあてる技である。最後は哲也が右胴を狙うのをすり流してすり込み、右ひじを下から持ち上げるようにして剣先をのど元に向けるという流れだった。戻るときに左足からというのが最後のチェックポイントになっていた。

「ここまで行けるかが問題かな」

 終わってから哲也は呟いた。三段の合格率は東京ではほぼ百パーセントだが、四段は四割に落ちた。動きのいい大学生は高く、年寄りは二十人に一人というような状態である。哲也の年代でも五人に一人というような状態と聞いていた。

「離陸さえ出来たら着陸は何とかなりますかねぇ」

 相手が応じた。大学の剣道部ではないことに不安を持っているようだった。哲也は一度だけ四段の審査の手伝いをして受審番号を読み上げる役を務めた。大学生のコートで、各大学の選手クラスが受けに来ていた。実技で離陸に成功したのに形という着陸の段階でクラッシュした者もいた。

「飛行機の事故は着陸の段階が半分だけどね・・・ こっちも週一回だとエンジンに不安があるよ」

 小中学生の稽古が終わって一部は先生にも掛かりに行った。大学生も先生に面だけの打ち込みをしていくつか注意を受けていた。

 

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