下り坂(19)
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午前7時、真っ暗な街にN中の校舎からは蛍光灯の明かりが眩しく発せられていた。2月中旬に行われていた寒稽古は、1月下旬に前倒しされた。朝7時半から体育館で全学年揃って剣道をやり、最終日の土曜にはクラス対抗の試合だった。哲也たちの学年までは2クラスだったが、一つ下から3クラスに増えたため、紅白に分ける形である。
冬の朝の着替えは冷たい稽古着に辟易して。体育館の床も足踏みしていないと貼りついてしまうのではないかという冷たさである。剣道の先生の他、経験のある先生も生徒と向かい合う形で座った。号令は哲也の後にキャプテンとなった福原がかけた。始まる頃になってようやく東の空が白くなり始めた。
「岡部先輩、お願いします」
部の一年生の野村が哲也の前に来た。彼は小学校の後輩でもあるが、竹刀を握るようになったのは中学からである。哲也は先生の側に立ってまず切り返しを互いにやった。寒稽古はやりたい相手と自由に組む形だが、いつまでも座ったままという者も多かった。
切り返しが終わると普通に稽古した。野村は哲也よりも背丈が10センチくらい低いが、打ってくる馬力は夏に比べて格段に上がった。最初の面攻撃を受け止めるとすかさず胴に打ち込まれた。2度目の面攻撃に対しては胴を抜いて返した。振り向くと野村はさらに面を打ってきて取られてしまった。
「じゃ、一本勝負して交代ね」
哲也はそういうと、気合を大きくかけた。野村は左右に展開して小手から面への連続に来た。哲也はまた胴を抜き、振り向きざまの面を防いだ。引き胴を浴びたが、哲也は軽いとして継続した。間を詰めたら野村は哲也の竹刀を払って胴に飛び込んできた。ヘソを境に上下に分断されそうな鋭い打ちに哲也は有効と認めた。
そのあとは同学年で空いている者に声をかけたりして1時間の間に7~8人と稽古した。外は少しずつ明るくなり、終了時には寒さを全く感じなくなった。クラス対抗試合のため、ホームルームのときも着替えないで教室に入った。五十音順に戦う形だが、剣道部は一番最後に小松と平田 中田と斎藤 哲也と大塚が組み合わされた。
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