下り坂(9)
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3人とも早く順番が来るので、観覧席に戻ると竹刀や面・小手を抱えてアリーナに降りた。会場に着いた頃から少しずつ緊張感が強まったが、「261」と「262」の審査が始まるあたりからはさらに強くなった。哲也は深呼吸をして順番待ちの列に加わった。一組40秒前後の時間ですぐに順番が来た。
「271」と向き合って礼をし、三歩進む時は雲の上を歩くような心地だった。竹刀を抜き合わせて腰を落とし、立ち上がると互いに掛け声を張り上げた。ほぼ同時に面に飛んですれ違った。振り向くと相手が小手を狙ってきて、小手・メンの連続で返した。哲也は剣先を低くして間を詰め、相手が面に来るのをかわして胴を抜いた。振り向いて面に行ったところで手首に衝撃を受けた。そこで「やめ」がかかった。
「273」とは、最初の面で体当たりしたあと、引き胴で間を開けた。振り向いて面を狙うと、胴に返されたが、衝撃が来たのは右わきというより、ヘソの上という感じである。哲也は振り向くと小手から胴に仕掛けた。相手は小手を抜いた面をしようとして振りかぶったため、哲也の竹刀は胴を完全に切った。振り向いて互いに面に行くと「やめ」の号令が聞こえた。
観覧席に戻る途中、平田と出くわした。彼は制服ではなく、私服で来ていた。他の2人の順番まで少しあったので観覧席から見ることにした。
「ケースケは大丈夫と思うけど、エーサクはどうかなぁ」
2人の立ち合いが終わって平田がつぶやいた。中田は首をすくめたり、背中を丸める癖を出したのが気がかりである。5人の審査員の手の動きを上から見ていてもどちらに行ったかわからなかった。
「そう簡単に有段者になれたら、小学生のときからやっている者にはねぇ」
哲也はそう言うと、防具袋から学科試験の問題と解答例の紙を取り出した。問題は5つあり、そのうち2つから出ると聞いていた。一つは確実で「剣道を始めた理由」だった。
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