下り坂(7)
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準決勝は再びF中の者と当たった。哲也は試合の中盤に小手・メンを小手・胴に変化させて一本勝ちを納めた。最後の相手はT中の天野である。彼は小学校時代、強豪のS少年剣道会で全国大会にも出場していた。
決勝戦は男女同時に開始された。哲也は立ち上がると時計回りに転回した。スッと前に出たかと思うと間合いを切ったり、剣先をこすり合わせて互いの出方をさぐった。哲也は剣先を沈めて間合いを詰めて面に踏み込む素振りを見せた。天野が出ばなをくじこうと面打ちに来た瞬間、哲也は剣先でCの字を描くようにしながら右斜め前に踏み込んだ。
哲也は自分の竹刀が相手の胴を捉えたのを感じた。左手を緩めて右手で胴を切り裂くと右足を軸にして振り返った。天野の上半身が空に飛んだように抜けていくのが見え、三本の旗が上がる気配がした。元の位置に戻るとき、相手は面金の中で笑みを浮かべた。
そのまま逃げ切ることは出来なかった。鍔競り合いに持ち込まれ、強い力で崩されて引きメンを浴びた。A中の者まで驚くような打ちで、哲也はしばらく目の前がゆがんでいるような状態だった。すぐに3分の時間終了の合図があった。
「延長」
審判が号令をかけた。哲也は反時計回りに動いて面へ一気に飛んだ。相手の姿が視界から消えて右わき腹から左腰にかけて風が吹き抜けたように感じた。A中の者たちが拍手しているのが耳に飛び込んだ。
「あいつから一本取るなんてすごいなぁ」
面を外した哲也に佐藤が声をかけた。大塚は無言で背中のたすきをほどき、他の4人も黙っていた。
「打たれたほうは強烈に覚えているんだけど」
哲也が答えると、中田が「俺もテツみたいな胴を取れるようにしたいなぁ」と呟いた。
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